とてつもない朝|一次SS

 22時。夜食に買ったカップ麺にお湯を入れてからとうに15分は過ぎた。またたっぷりスープを吸ったふやけた何かを食べるはめになる。目の端でのびていくカップ麺を確認しながらも、私はまだモニターから目を離せないでいた。コードを打ち込み、参照し、エラー箇所を見付けては手探りで修正を重ねていく。周囲から聞こえるものも似たようにキーボードを叩く音だけだ。そして小さなため息。

 23時。カップ麺は諦めた。延々と続くエラーコードにはまだ終わりが見えない。どこまでも続いているような錯覚すら覚える。ひとつ直す。ふたつ見つかる。ふたつ直す。みっつ見つかる。すべて削除してもう一度書き直す。今度はまったく別の箇所からエラーが吐き出される。どうしてこうもエラーばかりが多いのか、答えは簡単だった。プログラムがあまりにも古すぎる。今の環境に合わせようというのがそもそも無茶なのだ。もとの開発者達だってこんなに長期間運用されることなんて想定していなかったのだろう。年数設計も、規模も、拡張性もまるで現仕様に見合っていない。

 25時。いい加減に帰りたい。周囲からはささやかな寝息が漏れ始めた。カップ麺のことは忘れることにした。もう使われていない参照コードを検索してはひとつひとつ上書きをしていく。途方もない作業ばかりだ。

 27時。ひたすらに画面と画面内のコードを書き換えながらようやく修正の目処が見えてきた。あとはただ無心に書き換えていけば終わるはずだ。きっと。

 30時。
 正しくは、旧歴仕様の朝6時。
 一時間前に無理やり仕上げたプログラムコードはやっと動いてくれた。周囲で死にかけていた開発者たちから歓声が上がる。それもそうだ。見てみたら良い、この見事な朝焼けを。
面積も違う。周期も違う。あの天蓋に映すためだけに作られたプロジェクションマッピング。朝用の青白い光は、徐々に強さを増して周囲を照らし出していく。あの年代を感じるビル群の陰までは直す余裕がなかった。少なくとも欠けてはいない光の中に浮かび上がる居住区と、描かれたものとはっきりと分かるビル群のコントラストは、小さい頃に見たプラネタリウムを思い出させた。

 急ごしらえで無茶苦茶なコードを思い出しながら、同じように急ごしらえで昇る朝日を見つめる。もとの開発者たちは、きっともっと早く、このプロジェクションマッピングは使われなくなるのだろうと思っていたのだ。マッピングではない朝焼けが見られるのだろうと思っていたのだ。朝も晩も、ただ明けて暮れるだけなのに模倣のいかに困難なことか。けれど模倣ながら、いかに力強いことか。

 ただひとつ問題があるとしたら、長らく徹夜の中にいた私達には、この明るさは少し暴力的だというくらいだ。どうやら鳥の声もうまく連動出来たらしい。さっさと帰って眠ろう。明日も昇るであろう朝日まで。

即興小説トレーニング:「とてつもない朝」