架空の未来|鴨河SS

 もともと家を定めない暮らし方をしてきた。それは僕が両親と共に暮らしていた頃からだ。その日の空模様で次の行き先を決め、鳥が飛んでいたという理由だけで街を出た。身一つで何処にでも行ける気軽さは心地良く、地に息づく人々の暮らしこそ僕からは遠い物語を見ているようだった。

 訪れた賑やかな街には中央に噴水と共に広場があり、そこかしこに商人が天幕を張っている。まるで僕がしばらく過ごしたあの町を写しとったようなその様子にしばし足を止める。

 あの町で僕は冒険者となり、優しい人々に囲まれていた。随分美味しいものばかりを貰って、まるで家族のように顔を見せれば招き入れてくれた。ただ煩いだけの僕をどうしてあそこまで可愛がってくれたのかと思う程に、ただただひたすらに彼らの笑顔ばかりが頭を過ぎる。そういえばどうして僕はあの町を出てしまったんだろう。思い出そうとして、見上げた空の端に雨雲を見付けた。ああそうだ、雨が降ったから。濡れた地面の匂いに居ても立ってもいられなくなった。次の景色を見なければならない。僕は長く滞在することが出来ない質だったのだと、あの雨が思い出させた。

 どの町を去る時も挨拶はしなかった。それは僕がただの旅芸人であり、今までに見た多くの人々は僕の名を知らず、そして僕も人々の名を知らなかったからだ。木々が実をつけては落とし、かつて実があったことなど忘れ去られるように、僕ら旅芸人は一瞬だけ人々の中で喝采を受けては消えていく。そういうものだと教えられたし、そういうものであるべきだと思っていた。

 中央の噴水脇にある石造りのベンチに腰掛け、人々の流れを目で追いながら衣装を整える。この町は昼から市が開催されるのだろう。夕暮れに差し掛かった広場には未だ人が多く行き交っている。夕暮れは僕がもっとも得意とする時間帯だ。手脚に付けた鈴を鳴らし、僕は口上を述べる。人々の目が一瞬僕に集まり、目に見えないざわめきが走る瞬間が何よりも好きだ。知らず笑みが溢れる。

 選んだのは喜劇のような冒険者の物語だ。僕がわざとらしく転がると、幻覚で出したもう一人の僕がおおげさに笑う。ふたりだった冒険者はやがて何人か集い、僕は彼らの様子を何もない空間に見据えて描き出す。彼らを入れ替わり立ち代り演じ、時折、人々の中にその面影を探す。冒険者たちは人々を魔物から救い、そしてまた日常に戻るようにひとりずつ緩やかに消えていく。幻覚を消し、ひとりになった僕は彼らの背中を見送って物語は終わりを告げる。わずかな沈黙の後で波紋のように広がる拍手が、顔を伏せた僕の耳に届いた。

 羽の付け根に走る鈍い痛みを感じながら、僕は観客である彼らにもう一度深く頭を下げる。どうか覚えていて欲しい、伝えて欲しい。届くことを期待させて欲しい。もう一度戻れば良いだけだと分かっていても、僕の体はそこまでもたないだろう。それに、もうあの頃のような踊り方は出来ない。その姿を見せるのは、少しばかり育んできた僕の踊り子としてのプライドが許さなかった。

 次の雨が降ったら、この町も出よう。次の町を見に行こう。時間がない。そして彼らの物語を踊ろう。僕の幸福であった日々を、人々に伝えよう。彼らにあげた鈴は今も鳴るんだろうか。とっくに無くされてしまっただろうか。限られた時期にだけ咲く花のように、繰り返し実る果実のように、わずか一瞬でも思い出して貰えるならば、ああ僕はそれだけできっと良いんだ。

試しに鈴に短命設定つけたらマッハで鬱になったので、パラレルセーフの呪文の元にやめようと思いました。