ダンスレッスン|かもかてSS

前提
◎タナッセ友情ED 城残留中
◎レハ様は麗人でキラキラするかんたんなお仕事しかしていなかったようです
僕が頼みを伝えると、心底嫌そうな顔をされた。
溜息を吐いた後、再び本に顔を戻したタナッセの肩をガクガクと揺さぶる。

「ちょっと!聞いてよ!頼めるのタナッセ位しか居ないんだよ!」
「私は見ての通り忙しい」
「嘘だあああ、暇だろ、暇だから中庭でのほほんと本読んでるんだろおおおお!」
「ヴァイルにでも頼めば良いだろう。あいつはあいつで舞踏はそこそこの腕前の筈だ」
「ヴァイルに頼めるんならもう頼んでるよ!でも謁見の手続き踏まないと会えないんだもん!」

ガクガクと揺さぶる手を緩めないものだから、タナッセの声もガクガクと揺れる。

すでに成人から丸一年が過ぎようとしていた。
男性として分化したにも関わらず、ユリリエと衣裳部屋で培ったあれこれが功を奏したのか
僕は麗人としての職務についていた。
とは言え、実際には謁見の同行や、貴族達の集まる場に顔を出しては
微笑んで佇んでいるだけの簡単なお仕事だけで済んだのだ。

しかし先の謁見で恐ろしい事を聞いてしまった。
舞踏会の再開。

自慢じゃないが、僕は本当に手習い程度しか剣も握った事がない有様で、
いやいや、だって僕の手に剣なんて似合わないよね。
似合うとしたらほら、可憐な花束か華麗な指輪かなってなもんで。

「要するに、踊れないのか、お前は」

タナッセが呆れた声を出した。

そうなのだ。
成人前の舞踏会は全て壁の花と化して遣り過ごしていたのだ。
しかしながら麗人としての職務についてしまった今となっては、ただ単純に壁に張り付いているだけでは済まないだろう。
実際に、何人もの貴族からダンスの先行予約を受けてしまったのだ。
まさか踊れないんですうふふなんて答えられない。
この際付け焼刃でも構わないから、そこそこに見える範囲での技術程度は早急に覚える必要があった。

「自業自得だろうな、散々練習をすっぽかしてきたんだろう」

しかしながら、タナッセの姿勢は揺るがない。

「……仮にも僕は麗人として此処に居るのだから、舞踏会なんて言ったらヴァイルの次位に注目の的だろ?」

押してダメなら引いてみろ。
師匠であるユリリエの言葉だ。

「普段は謁見に出てこられない貴族達だって来てる筈だし、
そこで無様な姿なんて見せようものなら、……僕が恥をかくのは良いよ。未分化の頃から慣れてる」

出来うる限り神妙に。

「でも、僕の失敗は結局、僕を抱えてるヴァイルの失態にも繋がり兼ねない。
それだけは避けたいんだ」

元々タナッセの面倒見が良いのはこれまでの付き合いで充分に知っている。
伏せた顔を上げて、ちらりとタナッセを見ると、若干表情に戸惑いが出てきた。

「……でも、そんなに嫌なら仕方ないよね、ごめんね、邪魔しちゃって」

わざとらしく落胆し、踵を返そうとすると後ろからパタンと本を閉じる音がした。
そして聞こえる溜息の音。
未分化の頃からみっちりと厭味の応酬を繰り返してきた僕なら分かる。
これは、肯定の表現だ。

「……そこまで頼み込むのならば、付き合ってやらんでもない」

はいきた!

「良いの?ありがとうタナッセ!!」

諸手を上げて喜んでみせると、やぶさかでも無いような顔になった。

そうと決まれば話は早い。
タナッセの気の変わらないうちに付き合ってもらおう。
そそくさとタナッセの持つ本を、まるで巨木のように慎ましく控えていたモルに渡す。

「音楽は……、無くても大丈夫かな」
「どうせ基本のステップも把握していないんだろう。音楽なぞ今のお前には贅沢品だ」

そうですね。すみません。
タナッセと向かい合い、とりあえず覚えていたスタートの姿勢を取る。
取る、ものの、互いの手は当然の如く触れる訳がない。

しばし同じ姿勢で固まった後、タナッセが訝しげに僕を見た。

「……おい、何だその姿勢は」
「何だって言われても。これ、男性側の基本姿勢だったよね?
で、右手は女性側の腰で、左手でエスコートするんだっけ?」

宙をさまよっていた左手でタナッセの右手を取ると、すごい勢いで振り払われた。

「ちょっと待て!おい、まさか私に女性側を踊れと言うのか!?」

だって僕は男性分化しちゃったんだもの。
まさか貴族の男相手にひらひら踊る訳にもいかないだろう。
僕が頷くや否や、タナッセから物凄い声量の怒声が浴びせられた。
そして流れるような悪口雑言が溢れ出した。
いつ聞いてもタナッセの悪口は最早そういう完成された修辞法があるのではないかと感嘆を覚えるほど流暢だ。

「良いじゃない、未分化の頃ってどっちも練習するんでしょ?タナッセもう忘れちゃったの?」
「お前と一緒にするな」
「じゃ覚えてるんじゃない。ほら、僕の有能な友人殿は一度した約束をほいほいと撤回したりなんかしないよ」

顔を赤くして怒るタナッセに手をひらひらと伸ばすと、
しばし逡巡した後にパーンと叩かれた。そこまで拒絶しなくても。

「……分かったよ」

息を吐いて漏らすと、タナッセもわずかながら溜飲が下がったような顔になる。
が、そうそう簡単に解放して堪るものか。

「そんなに女役が嫌なら、それは別の誰かにお願いするから、外から見て至らない所を指摘する位なら付き合って貰える?」
「……ああ、一度乗りかかった船だ」
「じゃ、ユリリエ呼んで来るから待ってて」

ユリリエの名前に、タナッセの顔が一瞬引き攣る。

「ちょ、ちょっと待て。そこで何でユリリエの名前が出てくる」
「だって僕のダンスの練習に付き合ってくれて、尚且つ婚儀云々の話まで飛躍させないのなんて
ユリリエしか居ないじゃない」
「い、いや、それはそうかも知れないが、な、ならば私は居なくても良いだろう。二人でれんs」
「二度までも約束を反故にする気?」
「ではなくて、状況がちg」
「どうしよう、戻ってきてタナッセが居なかったら、僕あることないことユリリエに愚痴っちゃうかも」

ユリリエを呼びに城内へ足を向けようとした途端に、寡黙な護衛が僕の目の前に立ちはだかる。
振り向けばタナッセは額に手をやり、苦汁の決断真っ只中だった。
実際、今日は別に何かしらの行事がある訳では無いのだから、
ちょっと考えればユリリエが来ていない事位分かる筈なのだけど、
半ばパニックを起こしているタナッセはとても気付ける状態ではないようだ。

「……、良いか」

タナッセが低い声音で呟く。

「今回の事を一切他言するな、それが条件だ」

********

只でさえ人の手の行き届ききらない中庭の木々は高く低く生い茂っていて、
それは城から遠ざかれば遠ざかる程に鬱蒼としてくる。
こんな鬱蒼とした木々の中から二人で出てくる姿を見られる方がリスキーなのではと思うものの
タナッセにとっては目撃されるリスクの方が重大らしい。

「……おい、位置が違う」

不得手の筈の剣術訓練にすら、ああだこうだ言い募ってきた勢いがまるで無い。
少しばかり意地悪が過ぎただろうか。
しかし今更ユリリエの不在をバラしたら今度こそ口を利いて貰えなくなりそうなので、大人しく黙って従う事にする。
言われるがままに足の位置を揃えると、僕をじろじろと見ていたタナッセがこれみよがしに溜息を吐いた。

「……お前は……、本当に、未分化時代何をして過ごしていたんだ」

何って言われても。
ユリリエや衣裳係とリタントの流行の最先端をいかに掴むかに情熱を燃やしていたくらいで。
今年の流行は刺繍だよタナッセ。
出来るだけ大胆なモチーフの刺繍をあしらった地布に薄布を合わせて、

「良い、もう良い。口を開くな、聞いた私が馬鹿だった」

今年の流行を説こうとした僕を遮ってタナッセが首を振る。
自分から話題を振っておいてこの仕打ちはあんまりだ。

「相手に気を取られ過ぎて猫背になる癖から先ず改めろ。
女性側は男性側のリードで全て動きが決まる。
お前の姿勢の悪さは相手の反応を鈍らせる」

真正面に立つタナッセが僕の胸を軽く叩き、背筋を伸ばせと促す。
のけぞると今度は額を叩かれた。
苛立っているタナッセは手が先に出るらしい。

「良いか、妙な姿勢を取れと言っているんじゃない。
謁見の時のあのふてぶてしい姿勢で良いと言っているんだ」

その姿勢はユリリエ直伝だ。
確か、腰と腹に重心を置いて、背に少し力を入れて胸の辺りを開いて……、
少しだけ姿勢を正すと、タナッセが得心したように頷いた。

「……まあ、良いだろう」

タナッセ先生はようやく頷いて、僕の目の前に立ち並ぶ。
……あれ?

「何だ」

未だに僕の肩だのの位置を正しながらタナッセが言う。
横に並んでいる時はさして気にならなかったけれど。
と言うよりも、今気付いたのだけど。

「タナッセ、」
「だから何だ」
「縮んだ?」

********

「せいぜい恥をかいてこれまで過ごしてきた無為な時間を後悔するんだな!!」
「ごめんなさい、ごめんなさいタナッセ!そういう意味じゃなくて!!」
「如何な意味を他に見出せと言うんだ、死んでも治らん馬鹿だな!!」
「違うって!タナッセがちっちゃいんじゃなくて僕が育っただけだから!」
「ああもう煩い!!黙れ!!」

実はタナッセとユリリンは、そんなに背丈変わらないんじゃないかと思ってます。
ユリリンが背高そう。