目に映るは|かもかてSS

前提
・ヴァイル成人 王位継承 男分化
・テエロさん 変わらず御典医
・ギッセニ男爵 呼ばれて肖像画描いてます

ただひたすらに、テエロさんとギッセニ男爵が書きたかっただけの代物。ヴァイルもレハトも出てきません。
その上捏造が仕込まれています。

画家の部屋というものは初めて訪れる。
皮袋を片手に提げたまま扉を叩くと、入室を促す声がした。
錆び付いたような取っ手を引けばむせ返るような油と顔料の臭いがした。

厚い遮光布が窓から垂らされた部屋は薄暗く、古びた燭台に立てられた真新しい蝋がちりちりと燃えている。
本来は広い部屋であるにも関わらず、大小さまざまなイーゼルは無秩序に立ち、時に折れて転がり、
描き損ねと思われるキャンバスは四方に積み上げられ、見通しとは遥か無縁な様相である。
床は床で零れた顔料の粉末がこびりつき、妙な凹凸を形作っていた。

わずかに眉をしかめたテエロの様子を物ともせず、部屋の主は声だけで招く。
声は部屋の最奥、人一人が寝転べるようなソファに区切られた辺りから篭って聞こえた。

「手が離せなくてね、持ってきて貰えないか」

声に促され足を進めれば、わずかな振動にすら耐え切れなかったのか端に詰まれたキャンバスが崩れ落ちた。
戻そうと手を伸ばしかけ、再び聞こえたのは笑い声だ。

「ああ、構わない。どうせ全て損ねたものばかりだ」

まるで迷路かと思うようなイーゼルの垣根を擦り抜け、ソファを見下ろせば
無造作に髪を束ねた男が一人、目の前で大きな蝋に火を灯し錫の小鍋を温めていた。

「……蜜ろうをお持ちしました」
「助かったよ、適当に置いてくれれば良い」

言われるがまま置く場所を探すにも、背の低い長机には男の灯している蝋付近にしか空きは無い。
辛うじて場所を空けたかのように脇に寄せられた書物や割れた絵筆を見回し、とりあえず支障が無さそうな本の上に置く。

男は蝋の上へ金網を被せ、小鍋をその上へ乗せる。
小鍋には黄褐色の液体が入れられていた。
鍋を気にかけながら、男はテエロの置いた皮袋から蜜ろうを幾つか、脇の陶器から塊を幾つか取り出した。

「城下で探してみたけれど、案外売られていないものだね。頼んでみるものだ」

男は蜜ろうを透かし眺めながら笑った。

肖像画家であるギッセニが城へ呼ばれている事はテエロの耳にも届いていた。
継承の儀を控え、次代国王の肖像画が必要になったからだ。
城内に居室を構えているにも関わらず、当の本人はまるで別荘の一つ程度の認識しか無いのだろう。
年の大半を別宅で過ごし、召集された時にのみふらりと城へ現れる。
風変わりであるという評は今更驚くような事でもなく、テエロは目の前の男を見やる。
現リリアノ陛下の肖像を描いたのもギッセニであると聞いた。
玉座の間に掲げられた継承直後のリリアノの姿は、歴代王と立ち並んでも何ら見劣りする事もなく、
その若さには何処か猛々しさすら滲むようだった。

「うあっち!」

小鍋の縁に手が触れ、小さい悲鳴と共にギッセニが手を上げる。
ひらひらと手を揺らし、息を吹きかけている。

「どうも慣れないな。勝手が違う」

ここまで散らかしておいて何が勝手なのか。
雑多に物が積み重ねられた長机の上を見回すと、ちょうどギッセニの斜め前に広げられている薄茶けた紙が目に入った。
木炭で陰影だけが描かれたその姿を見て、テエロが動きを止める。
額に描かれた徴、いくつかのパターンで描かれた荒い線の中で、それだけは見紛う事がない。

「どうだい、割とよく描けてるだろう。まだデッサンしか出来ていないのだけどね」

小鍋に目を落としながら言うと、数枚のデッサンをテエロへ寄越す。

「……あいにく、私は絵画の嗜みは持ち合わせていませんので」
「君、確か彼の御典医だろう?意見を聞かせて貰いたいな」
「意見……と言われましても……」

手渡された数枚の紙を繰りながら、テエロの眉間に皺が寄る。
ギッセニの腕前はすでに知れ渡ったもので似ていない訳が無い。
腰掛けた姿、横顔、いずれも的確に成人後のヴァイルを写し取っていた。
デッサンを見ながら眉をしかめているテエロを脇目に、ギッセニは火にかけていた小鍋を降ろし
今度は厚手の布で漉し始めた。
蜂蜜のような液体が厚布に染み込み、下に置かれた容器へ細い糸が折り重なるようにゆったりと流れ込む。

「彼は、面白いね」

流し込まれた金色の液体を揺らしながら、独り言のようにギッセニが言う。

「徴持ちを描くのは二人目だけれど、彼はまたリリアノ陛下とは違う趣がある。そう、例えば─」

容器を脇へ置き、テエロの持つデッサンを横から覗き込む。
紙を何枚か入れ替え、表情を大きく描いた一枚に辿り着いた。
そして額を指差した。

「傷痕がある。随分と古い」

思わずテエロの肩が揺れた。

「……そう、でしょうか。光の加減では」
「かも知れないし、違うかも知れない。少なくとも私には傷痕に見えた、というだけだ」

ギッセニは再びソファに浅く腰掛け、灯されていた火を吹き消す。
燭台と金網を脇に寄せ、長机の下から石盤を取り出した。
石盤に乗せられていた小さな壺から粉を出し、先ほど漉していた黄金の液体を少しずつ混ぜ合わせる。
器用に粉と液体を練り合わせる様を目の端で追いながらも、
テエロの視線は未だ木炭の粉が浮き上がるようなデッサンに向けられていた。

「描いている間中、彼は一時も私から目を逸らさなかった」

ペーパーナイフで練り合わせながら、ギッセニが言う。

「逸らさなかった、と言うのは正しい表現ではないな。表情を変えなかった」

描かれているヴァイルは精悍な顔つきで真っ直ぐにこちらを見据えていた。
睨みつけるでもないその表情は、しかし確かに人を射竦める。
それこそが威厳であると、テエロは思う。

「彼の表情を見る私の表情を、確かに彼は見ていた。
見透かそうとも対峙するでもなく、ただ視線をこちらに向けていた」

練り合わせて糊状になったものを、今度は掬い取り、液体の入っていた容器へ流し込む。
ゆっくりと混ぜ合わせながらギッセニがテエロを見上げた。
動きにつられ、テエロも視線をギッセニへ向ける。

「迷いや惑いが無いとは言わないけれど、察することすら許さないような視線だったよ」

手に容器を持ち混ぜ合わせながらソファを立ったギッセニは、ソファの脇に備えられていた小机の引き出しを開ける。
蓋のされた瓶を取り出し、再びソファへ腰掛けた。

「ああ、そういう意味ではリリアノ陛下とも似ているのかも知れないな。
彼女もきっと何かを隠し、私の前に座っていた」

話し続けるギッセニにテエロはデッサンを渡す。

「もうよろしいですか」
「ああ、悪かったね。時間を取らせてしまった。どうも年を取ると話が長くなっていけない」

デッサンを受け取ると、再び長机の脇へばさりと置く。
そしてそのまま、瓶から取り出した顔料を練り合わせだした。

「彼は、何故ああもひとりに拘るのかな」

踵を返したテエロの後ろから、顔料を混ぜ合わせる音に混じり呟くような声が聞こえた。
振り返らないまま、テエロが問う。

「貴方の目には、何が見えるのですか」
「何も。私には見えないものばかりだ。君には何が見える」

沈黙はやがて扉が閉まる音で区切られ、部屋の中には石盤を擦る音ばかりが小さく続いた。

◎ 絵チャ参加から、ギッセニ男爵とテエロさんの組み合わせに勝手に悶えてました。
ギッセニさん→テエロさん→ヴァイル って何かもう、救いようも進展も無い感じで素晴らしいと思います。

◎ ギッセニさんがずっと練り練りやってるのは、油絵具の自作です。
ここからさらに顔料を練り合わせて、じっくり寝かせて熟成させたら油絵具完成!