寝物語|かもかてSS

想定
◎グレオニー愛情ルート中
◎レハト様はびびり。
窓枠が揺れた音に目が覚めた。
暗闇に慣れた目を横にやれば、窓に垂らされた布が風に煽られて大きくうねっていた。
留めていた筈の錘がずれてしまったらしい。

僕は寝台から起き上がり、窓辺で暴れる布を掴む。
僕が掴んだことで行き場の無くなった風がいっそう布を膨らませる。
どうにか布の端に錘を乗せ直すものの、大きく膨らんだ布はまだ逃げ出そうとするように錘を追いやった。
置いた錘はあっさり転がり、顔面に布が張り付く。
もがもがと両手で払いのけると馬鹿にしてるのかと言う勢いで布が広がった。

これはもう僕の力じゃどうしようもないな。
早々に諦めて、うねる布を見上げる。
窓の格子から見える空はまだ真っ暗で、起き出すには早すぎる時間だろう。
ぼんやり見ていると、まるで手荒に叩かれたように窓枠が揺れて、つられて僕の体も揺れた。

こ、怖いわけじゃない。断じて怖くない。
そう、ただ慣れてないだけだ。
ただでさえ広い寝室でひとりで寝ることにすら慣れてなくて、
だってこの部屋だけで僕が暮らしてた家と同じくらいの広さがあって、その割には物少ないし、がらんがらんだし、
大体村の家はこんな高いところじゃなかったから風が吹き込んでも知れたもので

一人で言い訳をこさえてる間に、また窓枠が鳴った。
そして僕の咽喉も鳴った。

だめだ、暗いから余計に変なことを考えちゃうんだ。
今更寝るにしたって音が気になってしまってもう目は冴えていた。心臓だってバクバクだ。
灯りを探そうとするものの、外から漏れる明かりだけではせいぜい影くらいしか分からない。
どうにか燭台だけは手探りで見付けられた。
ええと、後は……火なんて寝所にあったかな。
廊下に出れば、いくらか燭台が置かれていたから点いているものもあるかも知れない。

ほとんど摺り足に近い状態で寝室から居室へ続く扉を開ける。
もう一つ先に続く扉を開ければ、ローニカとサニャの控え室に繋がっているのだけど、
多分彼らはこれ位の風には慣れっこだろうし、それに普段は僕より早く起きて僕より遅く寝る生活を送っている筈なのだ。
こんなに真夜中に自分ひとりの為に起こすのは、さすがに気が引けた。

*          *          *

寝室は露台に面しているから風が直接吹き込むけれど、
居室は完全に窓を閉めてしまっているせいか、いくらか音はすれども随分静かだった。
いっそこっちに毛布を持ってきてしまっても良いかも知れない。
そろそろと壁伝いに移動をすると、手が把手に触れた。
ひやりとする把手を静かに引くと、扉の隙間から橙の光が部屋に漏れてくる。
今の僕には何よりあたたかい色に見える。

「ん?え、うわっ」

扉をわずかに開けた僕の頭上から声が降って来た。

「え、あれ、どうされたんですか?」

開けた扉の脇に立ってたのはグレオニーだった。
どうされたも何も、グレオニーこそどうされたんですか。
きょとんとした様子で見上げる僕を見て、グレオニーも首を傾げ、一度大きく頷いて話し出した。

「ああ、今日は夜間警護の担当なんです。今日と、明日と」

廊下の奥を見ればグレオニーと同じように、衛士が等間隔に直立している。
何だ、起きてるのは僕だけかと思っていた。
廊下は、いつもに比べればそれは暗いけれど、人の気配がするだけでも明るく感じる。
突然気が抜けたのか、僕の口から間の抜けた音がした。

「レハト様は、こんな時間に何か入用なものでも?」

当初の目的だった灯りのことを思い出し、グレオニーに告げる。

「灯り、ですか?それならお持ち出来ますけど、でもこんな時間ですから、もう寝られる方が良いんじゃ……」

寝られるものならもう寝ているし、そもそも起きてもいない。
明日提出の宿題があったからとか何とか適当なことをごにょごにょと呟くものの
グレオニーはいまいち解さない風だ。

不意に、わずかに開け放していた寝室の扉が勢い良く閉まった音がした。
3度目になるというのに、変わらず僕の咽喉から小さい声が上がる。
慌てて口を抑えるものの、見上げるとグレオニーは何やら察したような顔をした。

「こっ、怖いとかっ、そういうんじゃなくて、だからホントにええと、あの、目覚めちゃったから
暗いと危ないでしょ、歩いてても躓いたり……とか……」

語尾が消えうせた僕の弁明は、これ以上無いほど無様だった。

「ですね、危ないですもんね」

グレオニーはそれ以上追求するでもなく、ひょいと脇にあった燭台を壁から外した。
何か少しだけ肩が震えているようで、妙に悔しい。

グレオニーは燭台を手に持ち、少し離れた箇所に居る衛士にもう片方の手を挙げた。
くるくると手を動かす様子から、これから僕の居室に入る事を告げているらしい。
もう一人の衛士が了解したというように手を上げるのを確認すると僕に向き直った。

*          *          *

「風ってこんなに響くんだね」
「塔は高いですしね。屋上は逆に吹き抜けるからそうでもないんですけど」

小声で話す僕の隣にある大きい影はグレオニーのものだ。
ぷるぷる震えていた僕の手を見兼ねたのか、燭台を廊下に置いて直ぐに戻ってきてくれていた。

とは言え、隣室でローニカとサニャが休んでいる事を考えれば
あまりお喋りに花を咲かす訳にもいかず部屋にはすぐに沈黙が降りて来る。
……何となく、きまずい、ような気がする。
手持ち無沙汰の余り、テーブルの上に広げたまま置いていた本に手を伸ばす。
どうにか文字が読める程度になった僕に教師がくれたもので、短い物語が挿絵を挟みながら綴られている。
中には古い童話も幾つか納められていた。

「あ」

本を持ち上げると、グレオニーが小さく声を漏らす。
何かと思い顔を向けると、僕の持つ本を指差した。

「俺も、その本持ってます。いや、持ってたって言う方が正しいんですけど」

差し出されたグレオニーの手に本を乗せると、表紙と裏表紙を確かめながら開き、
何かを探すように大きな手がページを繰る。

「故郷の家に多分まだあると思います。
小さい頃、文字を覚えるようにって兄貴が買ってきたんです」

……つまり、今の僕はグレオニーの小さい頃と同じということか。
何となく微妙な心持だ。
やがてページを捲る手が止まり、こちらに向けられたページには見開きの挿絵が描かれていた。
翼の生えた美しい牡鹿の牽くソリが星を率いている。
小さな星々は尾を引きながら、大地へ降り注いでいた。

「俺、この挿絵がすごく好きで。この話ばかり何度も読み返してました」

開かれたままの本が僕に渡される。
前後のページを捲くり題を探すと、それは僕が母から聞いたことのある話の一つだった。
人々の魂がやがて星になり、星は再び大地に還り、そうして繰り返されていく様子が七日の歌物語にして紡がれ、
物語は新たな星を再び空へと率いる牡鹿の姿で終わる。

母は僕の寝入りにこの話を語った。
額を撫でてくれた母の手の温もりは今でも覚えている。
今思えば、まるで額を隠すように置かれていた手。
祈りにも似た穏やかな声を聞きながら、けれど僕はいつだって物語を最後まで聞くことは出来なかったのだ。

「レハト様?」

本を撫ぜる僕に、グレオニーが語りかける。
ああ、彼の声はどこか、母のそれを思い出させる。
何一つ似通ったところなど無いと言うのに、僕にはそれが妙におかしくて、思わず小さく笑い声を立てた。

*          *          *

うん。
よし、決めた。

僕は本を閉じ、グレオニーに差し出した。
グレオニーが僕の顔と本を見比べてわずかに首を傾げる。

「読んで」
「え、へ?」
「この話、僕も好きだった。読んで」

首を傾げたまま本を受け取り、そのまま開いたグレオニーに僕は首を振る。
ここではなくて、寝所で読んで欲しいのだ。
空いた手で寝所を指差すと、すごい勢いで本を押し返してきた。

「いえいえいえ、さすがに、それは、」

ぐいぐいと押し返すグレオニーの力に負けじと、僕も押し返す。
本を間にした押し問答にすぐに折れたのはグレオニーの方だった。
返された本を抱えてはいるものの、腰をあげようとはしない。

「レハト様、さすがに俺が寝所までお供させて頂く訳には参りません。
本来ならお部屋に上がるのだって、ローニカさんかサニャちゃんに報せるべきなんですから」

こういう所だけは妙にきっぱりとしているのが逆に憎たらしい。
仕方が無い。
僕はひとり寝所に向かい、クッションやら掛け布を両手に抱え、居室に備え付けられていたソファにどさどさと乗せた。
幸い今日は温かいし、別にこっちで寝たって風邪を引くほどじゃないだろう。
広すぎるベッドに慣れない頃は、何度かここで寝ていたこともある。

てきぱきとソファをベッドにする僕を見て、ようやくグレオニーが意図に気付いたらしい。

「え、レハト様、まさかここで眠られるつもりですか」
「つもりです」
「風邪引きますよ!寝所隣じゃないですか!」
「だって寝所には入れないんでしょ」
「入れないっていうか、いえあの、そういう問題じゃなくて」

二人が座れる程度のソファは、それでも僕が横になるには充分な大きさだ。
小ぶりなクッションを枕代わりにあてがって、掛け布にくるまる。
手だけ出して招くと、困惑した顔のまま本を抱え、僕の顔元に屈んだ。
くるまったまま動かない僕を見て観念したのか、グレオニーはそろそろと本を開ける。

「……ええと、目閉じてて頂けますか。何か見られてると、こう……」

言われるままに目を閉じると、しばらくしてグレオニーが小さく物語を読み上げはじめた。
母の流れるような語り口とは全然違う。
いかにも読み聞かせ慣れていない緊張した声でたどたどしく、抑揚なんてほとんど付いてない。
きっとローニカに頼んだ方がよほど上手く読み上げてくれるだろう。

少しだけざらついた声音は遠ざかりながら、雄々しい牡鹿の駆ける様を描き出す。
牡鹿が首を振るたびに鈴音が響く。
夜空から滲み出すように星が輪郭を輝かせ、山の端がにわかに光を帯びる。
灯火が湧き上がり、やがて渡る鳥のように群れて山へ向かう。
空には山々と牡鹿を繋ぐいくつもの放物線が生まれては消える。
僕はただその様を見上げていた。

やがて足元から湧き上がった灯火の一つが、僕の額にキスをした。
ああ、覚えている。
これは母さんがしてくれたキスだ。

灯火は僕の額から離れ、何度か目の前で弧を描くと吸い込まれるように夜空へ消えた。

*          *          *

翌日、目覚めたのは寝所のベッドの中だった。
昨晩のあれは夢だったのかと不思議に思いながら寝所を出ると、
ローニカが渋い顔をしていたものだから、
どうやらグレオニーが居たことは夢ではなかったらしいことと、
ソファをベッド替わりにしていたことが完全に筒抜けであることも分かった。
眠れないなら起こして良いからソファはやめなさいと、やんわりと釘も刺された。

昨晩灯していた燭台は片付けられていたけれど、テーブルには本がそのままにあった。
律儀に最後まで読み終えたらしい。
物語のおわりのページには、しおりが見付からなかったのだろう、彼の手袋が挟まれていた。

リタントに輪廻の概念はあるんだろうか。あれこれガン無視しすぎて、もう。

ヘタレハトは、夜中のトイレに連れ出して
中から

ちゃんとそこいるー?

って聞く子です。