夜話|かもかてSS

想定
◎愛情Aルート のさらに後のお話/無事結婚しました
◎他衛士組も健在です
◎レハ様は何を間違えたか衛士デビュー(一部僕っ子になってます)
色っぽさとは無縁のお話です。
「次!」

男らしい号令と剣戟の音が響くのは訓練場である。
本来、休息日である筈の主日にも関わらず衛士達は日々弛まぬ努力の元に訓練を重ね
ている訳でも無く、ただひたすらに小さな人物が中心に於いて片っ端から衛士達を呼びつけていた。
そしてその矛先は、そそくさと剣を片付けていた衛士に向けられていた。

「ハイラ、次、ハイラ!」

片付けている手を止め、あからさまに嫌そうな顔で振り向く衛士の目の端には、
すでに疲れ果て座り込んでいる同僚の姿が過ぎる。
日和見主義も考え物であると、ハイラは同情を禁じえない。

「あー、ハイラさん、不在です」
「抜け抜けにも程があるね。はい、早く」

いまだ緑子と呼んで支障無いような人物はさっさとハイラに剣を握らせ、訓練場の中央へ引きずり出す。

「……あのですね、我々一応本日は休日でしてね」

言いかけた瞬間、思い切り正面から打ち込まれ思わず受け止める。
鈍い音と共に剣は弾かれ、あっさりハイラの手は空になった。

「あ、負け。はい、私の負けー」
「真面目にやってよ、訓練にならない」
「真面目も何も、聞いてました?私らお休みだっつーのに、何で付き合わないといけないんですか」

のろのろと弾かれた剣を取り、『やる気ゼロです』をアピールするようにぶらぶらと揺らす。
目の前で衛士千人ノックをするのかと言わんばかりに肩をいからせているのは、
先日婚儀を済ませたばかりの、元候補者だった。
伸びた髪を無造作に束ね、訓練用の装束に身を包んだ姿は、ともすれば未分化のようにも見える。

「だってせっかく衛士になったのに、全然訓練が出来ない。
訓練用の剣も握れないんだよ。帯に付けられるような飾り短剣で何をしろって言うの」

だからそれは飾りだから、と言いかけ、ハイラは口を噤む。
剣はやはり重量感と柄の持ち応えが重要であると真剣な顔で論じるレハトの耳には到底入りそうも無かった。

未分化の頃から散々見ていた姿には、いつも共にグレオニーの姿があった。
半年を過ぎた頃からは一緒に訓練も行なっており、
足繁く訓練場に通っては共に訓練をする姿を口さがなく言う者も居た。
かくいうハイラもその一人であった事は否めない。
しかしながら、今になってハイラが思うのは、

「……剣術バカだねえ……」

至極単純に、剣術が性に合っていたのであろうと言う事だった。

「大体訓練なら、グレちゃんとしたら良いでしょ。
何かえらい訓練頑張ってたし、昔より随分叩き甲斐があるんじゃないの」

グレちゃん、の言葉にレハトの動きがぴたりと止まる。
と思いきや、再び大きく剣を振りかざし、ハイラの鼻先に突きつけた。
訓練用に刃先を潰してあるとは言え、まともに殴られてはそこそこの痛手は必至である。

「……グレオニーの名前、今度出したら殴るからね」

殆ど潰れた刃先が鼻に触れている位置で止めた剣を引き、かちりと鞘へ納める。
周囲から溜息なのか安堵なのか分からない息を漏らす音がした。
そのままレハトはくるりと踵を返すと詰所へ戻り、これまた驚きの速さで着替えを済ませ
つかつかと訓練場から回廊へ向かっていった。

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件の夫君が訓練場に現れたのは、すでに夕刻も近い頃だった。
休日の割に疲弊している同僚達の姿に理由を尋ね、そのまま頭を抱えた。

「……何か……悪かった」

搾り出すような謝罪の声に何処となく哀愁が漂っている。

「あれ、新婚ホヤホヤの嫁さんがする所業じゃないよ」
「妙な荒れ具合だったな……」

主な被害者となって延々と付き合わされたフェルツが嘆息しながら腕を擦る。

僅か数年前に見出されたもう一人の寵愛者と一介の衛士との婚約は
貴族達には衝撃を、民衆には稀代の恋物語として大きな話題を呼んだ。
もちろん道程が穏やかであったとは言い難いものの、それすらも今となっては物語を彩るスパイスでしか無い。
婚儀はレハトの希望により簡素に執り行われ、晴れて名実共に夫妻となったのは、ほんの先週の事だった。

「グレちゃんの名前出した途端に怒り出したんだけど、何しちゃったの」

ハイラが刃を突きつけられた鼻先を指差しながら言う。
何をしたのかと問われ、グレオニーは咽喉を詰まらせたような音を出して俯いた。

「……いや、何も」
「何もって訳ないでしょ。あ、もしかして」

ハイラがにやりと笑い、ずいと顔を寄せる。

「グレちゃん、下手なの?」
「ば……!」

唐突で不躾な問いかけにグレオニーの顔が赤くなるのを見て、
ハイラはいよいよ楽しそうに畳み掛ける。

「ほら、だからおねーさんに色々教えて貰いなさいってあれほど忠告してあげたじゃない」
「馬鹿かお前!違うって……!」
「またまたー」
「だから本当に違うんだよ!現に今まで手を出しちゃ……」

言いかけて、グレオニーが慌てて口を抑えた。
そろりと振り返り、僅かに下に目線をやれば腕組みをして見据えている嫁の姿があった。
無造作に束ねていた髪は解かれ、砂埃の匂いが染み付いた訓練装束は晩餐会向けの薄布の衣裳になっている。

「……おかえり」
「あ……ええと、ただいま……」

言葉の端々に滲む刺々しさに訓練場の空気すら冷え込むようだ。

「部屋に、居たんじゃないのか」
「忘れ物。耳飾忘れてたから取りに来たんだけど」
「あ、じゃあ俺が持って行こうか」
「良い。お話に花が咲いていらっしゃるみたいだから、しばらく話してらしたら」

あくまで礼儀的な優雅な一礼をし、足早に詰所に向かう。
カツカツと鳴る靴音にすら怒気を孕んでいるようだ。

「……こえー」

ハイラがぽつりと零した一言に、グレオニーから溜息が漏れる。

「……ちょっと、グレちゃんの嫁相当怖いんだけど。何あれ、ホントに何もしてないの?」

頭をガリガリかきながら、グレオニーは頷く。

「……してないっていうか、出来ないっていうか……」

聞こえた詰所の扉が手荒く閉められる音に、思わず気を付けの姿勢で固まった。

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穏やかな日差しを惜しげもなく注がせていた太陽はすっかり色を変え、よく晴れた夜だ。
滲むような雲が僅かに残る空には星が瞬き、湖を上がる風が緩やかに窓に掛けられた薄布を広げる。
昼間の暖かさは薄れ、幾分冷気を帯びた風で室内は満たされた。

「……あー」

テーブルに置かれた角灯を前に読書に勤しむレハトに、沈黙に耐えかねたグレオニーが声をかける。

夫婦となった二人にあてがわれたのはレハトがかつて暮らしていた居室よりも広い部屋だ。
客間を兼ねた主室となる部屋と、各人の職務を行なう為の個室、そして寝室。
ユリリエの入れ知恵か、リリアノの悪戯心か、
初めてこの部屋に訪れ寝室に花弁が散りばめられていたのを見た時には、二人揃って頬を赤らめたものである。

「明日に差し支えるんじゃないか、そろそろ」
「ん、もうちょっと。キリが良い所まで」

片手に紙細工で出来た栞を弄びながらレハトが言う。
グレオニーはわずかに溜息を漏らしながら、水差しからカップへ水をいれた。
と、衝撃に水が零れる。
何かと思えば先ほどまで熱心に本を覗き込んでいたレハトがちょこんと膝の上に乗り上がっていた。

「ななな、ナンデスカ!」

慌てふためき、グレオニーからかつての敬語が漏れる。

「何って、寝るんでしょ?読み終わったよ」

膝の上にまたがるようにして座り込み、薄手の寝巻きはすっかり膝上にたくしあげられている。
ちらちらと見える腿の辺りは健全なる男子には非常に目の毒だ。
思わずレハトの脇の下に手を入れ、ひょいと持ち上げて降ろす。

あっさりと降ろされたレハトは不平を言う代わりにちらりとグレオニーの顔を見、大人しく寝台に向かった。
整えられた寝台の布を手荒く捲くり、一人分をまとうとそのまま寝台に倒れこんだ。
やれやれとグレオニーも後に続き、そろりと寝台に乗りあがる。
ぎしりと寝台が軋み、重みでレハトの体もわずかに沈む。
脇に灯されていた角灯の明かりを消し横になると背を向けていたレハトが振り返った。

「……近くない」

ぽつりと言う言葉に、グレオニーは首を振る。

「……そう」

それだけ言うと、レハトは再び背を向けて体を丸める。
少しだけ近づくと、倍の距離を横になりながらじりじりと離れた。

「……なあ、レハト、あのさ……」

すっかり寝台の端っこに寄ってしまったレハトにグレオニーがため息交じりに言う。

「悪かったって。ああ、えーと、俺、慣れてなくてさ……」
「何でグレオニーが謝るの」
「いや、ちょっと、余りに予想外過ぎて、どうしたもんかなと……」
「そんなの、僕だって予想外だったよ。だから離れてるんじゃない」

すっかり口調が未分化に戻ってしまっている。
これは相当に分が悪い。
察したグレオニーは一度深呼吸をし、腹に力を込めると、ぐいっと丸まったレハトの体をひっくり返す。
くるりと返されたレハトの体は、今度はすっぽりとグレオニーの腕の中に納まった。

そのまま微動だにしないレハトの姿に、笑い声を漏らしたのはグレオニーの方だった。

「な、何。何で笑うの!」
「いや、はは、いやいや」

不服な顔を隠そうともせず、レハトはグレオニーをねめつけるものの、
グレオニーは動じず、レハトの背に置いた手をぽんぽんと動かす。

「……まさか初夜に、嫁さんから強烈なボディーブロー貰うなんて、ほんと、何て言うか」
「あーもー!知らなかったんだよ、自分の寝相なんて!」

確かに互いに激務が続き、多少とは言えない無理を押しての婚儀だった。
部屋に戻るなり寝台に倒れこみ、気付けば朝が来て再び奔走を続けるような日々が続いていた。
念願の婚儀を終えた頃には疲労困憊も良いところで、
感慨に耽る間もないまま、用意された寝台に二人揃って倒れこみそのまま眠りこけてしまっていた。

レハトの拳がグレオニーの腹に刺さるまでは。

一体何が起こったのか分からない夫君は、豪快にむせ込みながら飛び起き、
隣ですやすやと眠る妻の姿と、固く握られた拳に何が起こったのかを察した。
それだけならまだ良かったのかも知れないが、
今度は高く上げられた足が見事な放物線を描いて己の寝ていた場所に落ちるのを見て
グレオニーの背筋はわずかに冷えた。
そして、そっと寝台から布を抜き出し、脇に添えられていたソファで朝を迎えたのだった。

「どーせまた殴っちゃうから、ソファに居たら」

ごそごそと寝返りを打とうとするレハトをグレオニーがやんわり制する。

「大丈夫、悪かったって」
「グレオニーは悪くない、悪いのは僕の寝相で……」

頑なにぎりぎりと寝返ろうとするレハトの体を少しばかり力を入れて抑えると
やがてレハトも諦めたのか、暴れるのはやめたようだ。

「……やっとゆっくり出来ると思ったのに」

ぽつぽつと腕の中から細い呟きが聞こえる。
どうしたのかと覗き込もうとすると、今度はぐいぐいと顎を押さえられて叶わない。

「起きたらグレオニー一人でソファになんて居るし、次も、その次の夜も、帰ってくるの遅かったし」

じわじわと涙声になりつつある。

「しかもまたソファに寝てたし!」
「や、あの、起こしたらいけないかと思って」
「起こしてって言っといたじゃない!何で僕だけグースカ寝てて喜ぶと思うかな!」
「だってほら、レハトも疲れてただろ?」
「疲れてたよ!待ちくたびれてた!!」

涙声が怒声に変わってきた。
余りに騒げば控えている侍従達も何事かと思いかねないだろう。

「連絡の一つも寄越さないし!」
「……あー……、そんな遅くなると思ってなくて……」
「部屋、まだ慣れないし、何か無駄に広くなっちゃって音とか響くし、」
「レハト、」
「……寝台、ひとりじゃ、すごく広いし……っ」

鼻をすする音に、ひたすら背を撫で続けるとようやく落ち着いたのか、
わずかに背は揺れるものの、上下は穏やかになってきた。

「ごめんな」
「……ん」

更に宥めるように背を何度か叩くうち、レハトの体から力が抜け、聞こえてきたのは微かな寝息。
そう言えば訓練場で大立ち回りをしていたと思い出し、
まるで未分化の子どもさながら無防備に寝息を立てる妻を起こさぬよう
そろそろとグレオニーも瞼を閉じたのだった。
さて、まともな夫婦の真似事が出来るようになるまでは、まだしばらくかかりそうだと
少しばかりの苦笑を漏らしつつ。

*おまけ*

「……あー、えーと、グレちゃん?」
「……何だ」
「いやー、他所様の夜事情にアレコレ言うつもりはないんだけどさ」
「……だから何だ」
「何か、心なしか目の周り青いように見えるんだけどなー?」
「……気のせいだろ」
「いやいやいや、どう見ても青タンだよね、それ」
「……大丈夫だ、問題ない」
「ないかな、それ問題じゃないのかな」

書き終えてから、これトッズの方が合ってるんじゃないかと気付く。