花弁と木の実と。|かもかてSS

想定
◎グレオニー:愛情ルート中
◎レハト:一人称僕/未分化
レハト視点で、衛士ズ出てきます。ハイラがセクハラ気味。
にやりと笑ったリリアノに背を押され、そのまま神殿に向かうかと思いきや
向かったのはいつもの僕の居室だった。
どうやら先にヴァイルが成人の儀に入ってしまったようだ。
儀自体は宣言のみなので早いが、前後の準備にはそれなりに時間がかかるらしい。
何しろ城内の神殿で成人の儀を執り行うのは王自身か王の血族位しか居なく、
二人が同時に成人の儀を迎える事自体が異例なのだ。
儀官達もおおわらわなのだろう。
居室の扉越しにバタバタと、いつもより幾分多い足音を聞きながら、
僕はローニカの淹れてくれたお茶をのんきに啜っていた。

扉の開く音に目を向けると、儀用の衣裳を取りに行っていたサニャの姿がある。
入り口で誰かと問答をしているようだ。
「どうぞどうぞ」「いえいえそんな」と言うようなやり取りの後、おずおずと顔を出したのはグレオニーだ。

「大丈夫でございますよ、まだ篭りではないですし」
「え、いや、ホント、渡すだけ渡して貰えれば良かっただけで……」

いつにないオシでサニャがグレオニーを引っ張っている。
困惑したままのグレオニーは、ローニカの姿を見てギクリと動きを止めた。

「あ、あの、お邪魔ですよね……!すみません、大事な時に、ええと……」

おどおどと弁明を始めるグレオニーを見て、ローニカが少し笑う。

「成人の儀が始まるまで、私達もいささかの準備がございますし、
レハト様をお一人にする訳にも参りませんから」

ローニカは僕の飲んでいたカップにお茶を足し、もう一つのカップにもお茶を注いだ。
そして僕と向かいあわせになる位置にカチャリと置く。

「少々、留守をお願いしてもよろしいですか」

グレオニーの返答を待つまでもなく、ローニカは書束を片手に部屋を出ようとしている。
振り返り、サニャに手招きをした。
サニャは一瞬ぽかんとした顔をしたものの、すぐに察したのか、慌ててパタパタとローニカの後についた。
サニャ、その立てた親指は何だ。

あっという間にローニカとサニャは部屋を出て、取り残されたのは僕とグレオニーだけになった。

*******

「な、何か忙しいんですね。そりゃそうだよな」

ローニカとサニャの心遣いに気付かない朴念仁が一人。
そういえば何か用事があっての来訪では無かったのだろうか。
神殿には神殿衛士が控えているが、それでも成人の儀の当日、城内の警備も増す筈だった。

僕が尋ねると、グレオニーは思い出したように懐から布包みを取り出した。
開けようとすると、グレオニーから止められた。

「あ、匂い袋なんです。だから開けなくても大丈夫です」

鼻を近付けてみると、芳しい香りが……との予想は大きく裏切られ、
いかにも『薬草と酒を混ぜて何日か置いてみました』というような匂いがした。
控えめに、控えめに評するとしても、相当クセが強い。
お世辞にも良い香りとは言い難いのだが、しかし、何処かで嗅いだ事がある匂いだった。
一体何だっただろうと、今度は少しだけ遠くから香りを確かめる。

「もしかしてレハト様もご存知ですか?
篭りの最中に俺の故郷でよく使われていた痛み止めの香なんです」

篭りの言葉で思い出した。
村の外れに建てられていた篭り用の簡素な建物からしていた匂いだ。

「篭り中は、程度の差はありますけど、やっぱり負担はかかるものですから。
本当はサニャちゃんに渡しておいて貰えればと思ったんですけど」

会えるとは思ってなかったから、と頭をかきながらグレオニーが言う。

「あの、体冷やしちゃだめですよ。
俺ん時は男分化だったんでそんなに気を遣われる事とか無かったですけど。
きちんと眠れる時に眠って、体力を落とさないようにして下さいね。
篭りの最中に体調を崩すと後を引くって言いますから。
ええと、それから……」

やれ温かいものを飲め、夜風にあたるな、無理な運動はするなと
およそ思い付くであろう成人の儀の心得をひとしきり喋りきった後、
グレオニーが小さく息を吐く。
どことなくソワソワとした様子に椅子を勧めてみるものの、首を横に振られた。

「……いよいよ成人されるんですよね。
はは、おかしいですね。何か、俺の方が緊張してるみたいで」

何やら言葉を探しているような沈黙が辺りにじわりと満ちる。
グレオニーは僕の顔(と言うよりも額だろうか)を見て、続いて僕の手にあるカップを見て、
向かい合わせに置かれたカップに目を遣り、僅かに俯く。
しばらく言葉を待とうかと、僕がカップに口を付けると、グレオニーから小さな呟きが聞こえた。

「……成人されたら、」

グレオニーの言葉に顔を上げる。
目が合うか否かのタイミングで逸らされた。
されたら?
僕は彼の語尾だけを繰り返し尋ねる。

「あ、……えーと、職務はどうなさるんですか」

そう来るのか。
少し拍子抜けをした僕の様子を感じ取ったのか、グレオニーが両手を胸の前で慌てて振る。

「いや、そうじゃ……なくて、ですね。
すいません、俺、何か話したい事はたくさんあったと思うんですけど、
いざお顔を見ると、何を話せば良いのか、分からなくなってしまって」

僕はカップを置いて、椅子をテーブルから少し離し向きを変えて座り直す。
グレオニーを手招くと怪訝な顔をしたまま近づいてきた。
更に手を招くと、察してくれたのか、僕の目線に合わせるように膝をついた。

「え、何ですか?」

まるで忠犬のように僕の目の前に屈むグレオニーにもう一歩前に来るように伝え、
僅かに腰が浮いた隙をついて、僕はグレオニーの首元に腕を回す。
グレオニーの全身が一気に硬直するのが分かった。
腕に力を込めると離れようとする僅かな力みが抜ける。
代わりに、遠慮がちにではあるがゆっくりとグレオニーの手が頭の後ろの辺りを撫でる。

「……明日から、しばらく会えなくなりますね」

僕は彼の肩越しに頷く。
この姿で会えるのはもうこれで最後だ。
次に会えるのは、成人後の正式なお披露目後だろうか。
僕が問うと、彼は首を振った。

「俺、しばらく、公式行事とか出られなくなるんです。
だから多分、お姿は見られても、こうしてお話出来るのは、」

まさか最後だとでも言うんだろうか。
僕は驚いて顔を離す。
僕の顔を見て、グレオニーはまた首を振った。

「いえ、あの衛士を辞めるとかそういうんじゃないんです。
でも、えーと……何て言うんですか。
俺これまで、ご覧になってたから分かってらっしゃると思うんですけど、
あんまり優秀な衛士じゃなかったですから、
色々、詰め込まないといけない事が多くて」

『もう少し勉強しときゃ良かったんですけど』と少し困ったように浮かべた笑顔は、すぐに消えた。
そして首に回した僕の腕がやんわりと解かれる。
グレオニーは崩れかけた姿勢を正し、僕の前に改めて跪いた。

「レハト様、俺、頑張ります。
少し時間はかかるかも知れませんが、必ず、お隣に参ります。
ですから、」

少しだけ早口な言葉は、扉が開く音に阻まれて止まる。
どうやら僕の順番が来てしまったらしい。
扉を控えめに開けたサニャが、少しだけ気まずそうな顔で立っていた。

*******

やがて迎えた篭りの時間、僕の部屋を満たすのはグレオニーのくれた匂い袋の香りだった。
本当であれば、香りが残るうちに何度か取り替えるらしいとサニャから聞く。
小さな匂い袋から立つ香りは次第に薄れていった。
この香りが無くなる頃には、もう僕の篭りも終わるのだろう。
幾日もの篭りの夜を迎えながら、かすかな香りを残す匂い袋に鼻を押し付ける。

押し付けた鼻に、何か硬いものがあたった。
何度か布袋の感触を確かめると、確かに何かが中に入っているらしい。

違和感に布袋を開け、中身を寝台脇のテーブルにあけてみる。
乾燥して色を失った花弁に幾つかの実。
そしてころりと転がり出たのは、細い指輪だった。

作りたての匂い袋に一緒に放り込まれたであろう指輪は、
そこかしこくすんだ色に染められてしまっている。
更に言うなら……、試しに嵌めてみた僕の薬指の、第二関節までしか嵌らない。
こういう機微の無さが、余計に愛しくなるから困るんだ。

僕は指輪を小指に嵌めて、そう遠くない篭り明けを思いながら眠りについた。

さらに成人後には妙に胸に余裕のある服とか贈って怒られたら良い。